「骨格経営試算」に対する意見

1 前提

 郵政民営化準備室による「骨格経営試算」の作成に当たっては、公社は準備室からご要請のあったデータを、できる限り遅滞なく提供し、また、準備室の設定された前提条件に基づき計算作業に協力をして参りました。シミュレーションは、どのような前提条件とするかによって結果が大きく異なるものであり、本試算は、準備室の責任において、必要な前提条件が設定され、試算されたものであると理解しております。
 本来、経営シミュレーションは、経営資源(ヒト・モノ・カネ)をどう配分するか、新しいビジネスモデルをどう考えるか、という経営判断の基に、まずグループ全体としての適正利潤が中長期にわたって努力次第で成長・発展し得るかどうかを、金利や為替・株価等の前提条件を変えながらシミュレートし、その中でどのように分社化をすれば適切かを見るのが正攻法かと思います。その意味では、今回のシミュレーションは現時点で可能な手法として、経営判断を交えず、事務的に一定の前提条件を設けて、単純にこれを10年間に引き伸ばし、機械的に試算したものということになります。ただし、事務的・機械的試算とは言え、民営化後の新会社の経営について多くの問題点・課題を浮き彫りにしている点は、評価したいと考えております。
 現在、公社は黒字構造への転換を進めており、15年度決算で3事業とも黒字化を実現しました。したがって、そのトータルとしての比較的良好な利益を前提として置けば、4分割の仕方次第で全社が黒字になることは当然のことです。問題は、15年度と少なくとも同じレベルの利益を郵政事業全体として挙げることが出来るのか否か。今後の環境変化を織り込み、何通りか前提を置き換えてシミュレートしなければ、あまり有効なシミュレーションとは言い難いと思います。

2 フロー(P/L)

 フローのP/L(収支構造)について申し上げますと、新規事業が全く考慮されていないため、全ての会社が年々着実に縮小・劣化に向かっており、全く夢がない姿となっております。また、各社の収益性(利益率)は極めて低く、郵便需要の急減、郵貯・簡保の資産規模の更なる縮小、金利の急上昇など想定外のリスクが発生すれば、直ちに赤字に転落するような試算結果となっております。これは即ち、民営会社としてのビジネスモデルの自由化や、準備期における助走が不可欠であることを示しています。
 これでは、事業として長期には成り立ちませんし、株式上場を目指しても、Corporate Valueの逓減により次第に市場性を喪失し、その実現は困難であることを示しています。即ち、「貯金会社・保険会社が10年間の移行期間中に民有民営を実現する」とする基本方針の実行は期待しがたく、かなり難しい状況となるため、逆にCorporate Valueを努力次第で増すことができる制度設計が必要です。
 なお、本試算では、新規事業が全く考慮されていない一方で、民間企業として租税・預金保険料などのコストをフルに負担するような前提が置かれております。こうした前提に基づくこの試算結果は、「コインの他面」である民間企業としての経営の自由度・ビジネスモデルの自由度とのバランス、即ち「コインの両面」での公正でイコールな取り扱いなしには、新会社の経営が成り立たないことを明らかにしているように思われます。

3 ストック(B/S)

 ストックのB/S(貸借対照表)の試算については、郵便会社と窓口ネットワーク会社が債務超過とならないよう、15年度末に公社が保有する現預金(9.2兆円)を4等分するという実際には非現実的な前提をおいて試算を行っている結果、逆に貯金会社の自己資本が極めて薄くなっています(民営化時2.5兆円、自己資本比率1.0%)。このような過小資本で、市場での信認を得ることができるのでしょうか。
 ヒト・モノに関する準備室の前提に従って、事務的・機械的に開始B/S(「自然体の開始B/S」)を作成すれば、郵便会社と窓口ネットワーク会社は大幅な債務超過になり、この債務超過を解消するため、4会社にどのように資本を配分するかが、資本政策上の困難な課題となります。本試算では、現預金を単純に4等分して郵便会社と窓口ネットワーク会社の債務超過を解消するという、合理的な根拠のない手法をとっております結果、一見B/S上は大きな問題がないかのような誤解を生みかねない結果となっております。資本政策の議論は、新会社の経営が成り立つか否かを決める極めて重要なポイントです。「自然体の開始B/S」を基に、金融庁の健全性に関する規制や同一産業に属する企業の自己資本比率等を踏まえると、想定されている自己資本総額7.6兆円では過小であると言わざるを得ません。4会社の必要資本金のレベルについては、今後、現実的な議論を行っていくことが不可欠だと考えます。
 私ども経営する立場といたしましては、健全経営を行なっていくためには、フローの収支だけでなく、4会社のストック(B/S)も健全な形でスタートすることが不可欠であると考えます。適切な自己資本を確保してスタートしなければ、キャッシュフロー自体や、新規投資に対する市場からの資金調達力に影響し、事業の成長・発展に大きく関わってくるものと懸念しております。

4 窓口委託料

 窓口ネットワーク会社を切り分けたことにより発生する窓口委託料について申し上げますと、窓口ネットワーク会社が成り立つようにするために、貯金会社・保険会社から窓口ネットワーク会社へ支払う窓口委託料を逆算して意図的に大きくしているように見えます。その結果でありましょうが、15年度決算における郵貯・簡保の経費(除く租税公課)は1.7兆円であるところ、本試算における民営化初年度の経費(除く租税公課等)は1.9兆円に膨らむという矛盾を呈しております。

注:15年度決算における郵貯・簡保の経費(除く租税公課)
郵貯10,322億円+簡保6,167億円=16,489億円
民営化初年度における郵貯・簡保の経費(除く租税公課・預金保険料・保護機構負担金)
郵貯11,212億円+簡保7,636億円=18,848億円

 また、そうした貯金会社・保険会社の経費の大宗を占める窓口委託料は、民営化初年度で1.5兆円、10年後も1.1兆円と非常に多額に上っており、この両社からの窓口委託料の支払いにより、窓口ネットワーク会社のコスト(民営化初年度1.5兆円、10年後1.4兆円)の大部分を賄うことになっています。本試算に新規事業は考慮されていませんが、仮に窓口ネットワーク会社の新規事業を織り込んだとしても、郵貯・簡保を代替するような規模の収益源となることは期待しがたいと思います。
 私は、地域のお客さまのために、郵便局を通じて金融のユニバーサルサービス機能が維持されるべきと申し上げ、経済財政諮問会議においてもご理解を得たと認識しております。本試算によって、コスト面から見ても、郵便局ネットワークが郵貯・簡保によって支えられていることが証明されています。
 したがって、郵貯・簡保の大幅なスリム化やナローバンク化は、現実からかけ離れた議論であると言わざるを得ません。また、資本関係の完全に切れた貯金会社・保険会社が、10年後も多額の窓口委託料を支払い続け、過疎地を含む郵便局ネットワークの維持コストを負担するとは思えません。これは即ち、少なくとも入口の10年間は受委託を当事者間に任せるのではなく、何らかの法的な委託義務を課すことが必要であることを示すとともに、貯金会社・保険会社の民有民営の判断など、それ以後の取扱いは3年ごとのレビューを踏まえ弾力的に行う必要があることを示していると考えます。

5 懸念事項

 本試算は事務的・機械的に作成されたものと理解しておりますが、いくつか懸念される事項がございますので、最後に申し上げます。
 まず、窓口ネットワーク会社に支払う窓口委託料に消費税がかけられている点です。分社化に当たっては、国の政策として窓口ネットワーク会社を作るのでありますから、例えば銀行であれば1社で行っている業務を、2社に切り分けたために消費税(年間700億円程度)がかかる、ということになります。こうした政府のご方針に基づく組織形態の変化に伴って生ずる新たな会社間取引に、課税がなされるということはあってはいけないと考えます。郵貯・簡保ともに、本来1社でやる業務から窓口を切り分ける訳ですので、分社化がゆえの余分な税負担がないように制度設計していただくことが必要です。
 また、ヒト・モノ・カネの帰属は、本来、経営者に委ねられるべき最も大きな経営事項であり、事務的・機械的に考えられるべきものではありません。本試算の前提を既成事実とすることなく、出来る限り、新会社の経営判断に委ねることが大切であると考えます。

 以上、「骨格経営試算」に対する公社の意見を申し上げました。本試算は事務的・機械的なものということですが、今後行われる「政策シミュレーション」の前提となる、いわば「標準シナリオ」と位置付けられるものと思われます。そうした「標準シナリオ」が示す新会社の姿が、4会社とも先行きが縮小・劣化に向かう暗いものでは、「5つの基本原則(活性化原則、整合性原則、利便性原則、資源活用原則、配慮原則)」や「郵政民営化の基本方針」に沿った郵政事業の将来像を描くことができません。経営環境の変化に創意工夫を持って立ち向かえる経営の自由度を最大限認めるとともに、「コインの両面」をしっかり見て、ビジネスモデルの開放と税金等のコスト負担拡大のバランスを図っていくことにより、新会社が努力次第で成長・発展できるような制度設計をしていただくよう、お願い申し上げます。